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ゼブラ ノックペンシルM-1414

 1980年11月に発売され2001年に廃番となったゼブラノックペンシルM-1300は初の百円シャーペンとして知られる(ゼブラのあゆみ後半 *1)。それを透明軸にしたのがM-1400(1988年廃番)、今回のM-1414は更に外装フィルムで装飾したもの。この図案は現在では許されないだろう。しまうまくんなら許される。
φ8×141mm六角軸は鉛筆のような軽さ4gで広く普及した。芯径.5mm,スリーヴ長2.5mm,殆ど樹脂製でチャックすら樹脂成形品。金属部品はスリーヴ、締め輪、ばねの三点しかなく突針もクリップもない。
 本品の軸長はkoh-i-noor5201/5216やトンボH-450,パーカー75万年筆,三菱クルトガとほぼ同長で、ペリカンM400も同程度。今も昔も取り回しやすい軸長と認識されているようである。

 腕時計用部品並みの精度が要求されるチャックを仕込んだシャーペンはかつて高級品だったが、いつからか低価格化、ついにM-1300が出現、百円シャーペンは技術の進歩があらゆるものを一般化させ陳腐化させる一例でもあった。しかしこれらが時代を画した傑作という評価は揺るぎなく、その恩恵に浴した者も多いだろう。鉛筆を使い続けた私も例に漏れなかった。ただ当時の使用品は既にない。

 日本鉛筆工業協同組合の鉛筆生産数量と小学児童数の推移を見れば、1980年つまりM-1300発売年の鉛筆生産は児童数増加に反して大幅減産*2、他方シャーペン生産高が第二次石油危機にも関わらず増加したことが日本統計年鑑(総務庁)*3からわかる。
1980-84のシャーペン生産累計は約5億6千6百万本(輸出率約72%*4)、損耗率を年1割としても80年代前半小学児童数のざっと5.6倍、日本人の0.9倍あり*5、生産量≠販売量ながら国内にシャーペンが行き渡る時代だったといえよう。
 90年代後半に年間生産高3億本(輸出率55%)を超え、現在は2億本弱で推移する(日本筆記具工業会-筆記具生産数量の推移)シャーペンは使い捨て同然となり、巨視的には節約商品とは言えなくなった。大量消費社会において価格競争力を維持するために使い捨て文化を利用するのは仕方ないが、それが習慣づくと発展途上国製品に市場を奪われ易くなりはしないか? 尤もそれが我々の選択か。

*1但し世界大百科年鑑1979(平凡社,1979)に「100円のシャープペンシルが1978年の後半市場をにぎわした」とある。
*2生産高は色鉛筆こみ。
*3
1979|1980|1981
68.6| 89 |130単位百万本
日本統計年鑑は第37回(1987)を境にシャーペン生産高を書き変えている。ここでは第36回以前に拠った。
経産省によれば1985年に調査対象を見直したため。過去統計に対する補正係数は÷0.46
*4財務省貿易統計シャーペン品目番号98.03-030(輸出)
*5 1980-84年の児童数を19,619千人、人口は120,235千人(1984年当時。日本統計年鑑)とした。
補正係数を用いて再計算すれば
累計生産高1,228,404千本
同期間輸出率32.4%
児童比21.3倍
人口比 3.5倍

  1. 2010/03/10(水) 06:30:00|
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