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リラ プロナチューラ オフィス2515


 素材の風合いを見せるこの鉛筆は、リラ社プロナチューラシリーズの消しゴム付き鉛筆オフィス2515。消しゴム無しのオフィス2511とともに以前は公式輸入品だったような気がする事務用鉛筆。ドイツ製? フライハイトによれば中国製。
 既存品と本質的には変わらず、その外見を変えて変わったように見せているもの。方向性が異なるだけで、モレスキンに対するペーパーブランクスと同コンセプト。ともに欧風だからか両品は似合う。

φ7.5mm×189(消しゴム含む)
芯硬度HBのみ
表銘GERMANY [ロゴ]LYRA PRO NATURA Office 2515 [芯硬度]
裏銘バーコード
銘は焼き印のようなこげ茶色。
欧州ものでは一般的な、芯先が削られて出荷される先付け鉛筆。
 軸木は無塗装。木目は目立たず接合面も見えず、まるで一体成形のようで、鉛筆用としてはとても良質で削りやすい。
 消しゴム無し2511と消しゴム付き2515には同社製品とはいえ違いが随所に見られる。
木目の表れ方から樹種が違うと見え、軸木の接合面(スラットの切り出し方)も異なる。
 無塗装は湿気を吸うため鉛筆としては不適で(黒鉛芯が湿気で変質し、軸木が剥がれる)、2511は変色した。
しかし2515は変色せず、また汚れにくく、何かしらの処理が為されるようになったと思われる。
 芯質は乾いた感触で脂っこさはなく、書き味はがさがさする。このような黒鉛芯は概して色が薄いが、本品は木物語HBと同程度の濃さ。
 消しゴムは研磨剤が多く消字力が低く、使わずにいると硬化する。
この消しゴムはマルマンユーロラインノートとは全く合わないが、モレスキンでは消字力が(我慢できる程度には)増す。なるほど確かにあれはフシギなノートだ。万年筆インクとは相性よろしくないことがしばしばあるが(万年筆での書き味そのものは良い)鉛筆類とは頗るよい。
 消しゴム付きでも補助軸に装着可能。
リラ純正 不明、同型では○
ステッドラー900 25 ○
ファーバーカステルパーフェクトペンシル#9000/UFO 〇
ファーバーカステルキッズパーフェクトペンシル △金具がひっかかる
KUMブルーオーシャン 〇
クツワRH004 ○
クツワRH010 ○
カランダッシュ0453.000 ×
 1990年代初頭、冷戦構造崩壊とドイツ再統一を経て臨戦態勢が解かれ、東ドイツとの違いを表すこともなくなったドイツ製には、環境保護志向を前面に表した白木仕上げの文具がたくさんあり、20世紀初頭に広まった自然回帰運動をドイツ人が思い出したかのようだった。それら全てが現在も販売されているわけではないが、本品はその系譜にある。
 当時、私はその類いの製品にあまり興味を持てなかった。環境保全運動の実効性に疑問を持つことはあってもその方向性には賛同しているので政治的反動ではない。
白木仕上げに閑花素琴の趣があるのは感得できる。しかし、木製品であることが周知されている鉛筆から塗装を除いて木肌を見せることの意義がわからない。ヌーディストが服を脱ぐように、自然回帰運動には物質文明批判の意図が含まれるのだが、それらはあざとい商品にしか見えなかった。ラッカー塗料を使わないだけでも環境負荷が減ることに気づいたのはもう少し後だ。
 自分では白木やそれに近い仕上げの鉛筆を積極的に選んではいないつもりだったが、探してみたら意外に持っていた。
 夏目漱石の「虞美人草」(1907)には黄表紙(戯作ではない)の日記と青貝のペン軸、飴色の鉛筆が登場する。透明ニス塗り(或いはくすんだ黄色軸)と思われるこのゴム付き鉛筆で、三つ鱗の紋が描かれる。三つ鱗と言えば三菱鉛筆の創立者眞崎家の家紋だが、これが三菱鉛筆(当時眞崎鉛筆)製かは不明。
小道具として再現するなら本品やトンボ木物語ゴム付きが相応しいが、当時両品とも存在していない。

虞美人草(新潮文庫)
岩波書店漱石全集〈第5巻〉虞美人草
集英社漱石文学全集(3)

 引きこもりの兄と妖艶な義妹、活発な親友と彼の家庭的な妹、成績優秀な、しかし過去に負い目がある学友と彼の内気な幼なじみが登場し、彼ら彼女らが明治40年の勧業博覧会で引き合わされる小説。恋愛もののようだが少々趣きが違う。
作者の見識の広さが窺える美文調で書かれ、さらには文明批判や小説論めいたことがしばしば挿入されてメタフィクションの様相もある。
 本作は、妖美な義妹、藤尾の魅力のなせる業かたびたび映像化舞台化されているというが、作品自体は評価低く作者からも好かれていない。
 入手しやすい文庫本のほか、旧仮名遣いで刷られた岩波や集英社の漱石全集(古書のみ、図書館にもある)も薦めたい。文化が爛熟すれば衒学的な物事や擬古調が好まれるようになるものだ。ただ危機の後には人々は足下を見つめ直し、枝葉より根本を重視するようになるから衒学はもう流行らないだろう。
と思ったのだが、敗戦後に坂口安吾や太宰治などが流行ったらしいので頽廃へ移らないとも限らない。
  1. 2011/09/10(土) 06:30:00|
  2. ┣鉛筆Pencil
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